「私とイチョウの物語」

2017.3.25

会社員をしていた頃、毎週末出かけて自然観察を楽しんでいた時期がありました。

ある年の春、出勤してきた私は会社の前の街路樹に新芽が出ていることに気づきました。5ミリほどの新芽をプチッと取って、葉巻のようにくるりと巻いた新芽を丁寧にほどいていくと、私の手の中には扇形をした小さな葉っぱが現れました。

「あっ、イチョウだ~!!」

見上げた木には、黄緑色のミニ葉巻がたくさんついていました。私はこのとき初めて、自分が毎日通っているビルの前にイチョウ並木があるということを認識したのでした。

当時の私は、バブルの余韻が残る会社でモーレツ社員(←死語?)で働いていました。やさしい社員の方々に助けられながら、泣いたり笑ったり、なんとか持ちこたえて仕事をしていました。

私がそんな日々を送っていた間にも、イチョウは春に新芽を出し、秋には黄色く色づいて、たくさんの葉を落としていたのでしょう。私の視界にも黄色い落ち葉は入っていたはずですが、これらの木々を私が「イチョウである。」と認識したのはこの時が初めてだったのです。

「あなたは『イチョウ』なのね。」

私の中に、イチョウがしっかりと入ってきた瞬間でした。

この体験は私の原点のひとつです。遠くの自然に出かけて植物の名前を教えてもらうことを楽しんでいた私が、身近な自然に自分で気がついた瞬間でした。

『世界は私の魂の関わりがなければ
ただそれだけでは
冷たい空虚な働きにすぎない。』(ルドルフ・シュタイナー)

身近な自然に気がつくと、単調だった世界は一気に輝きを帯び始めました。私は、街路樹を眺めてほくそ笑む、という新しい趣味を得たのです。それは私だけの特別な時間であり、当時の私を支えてくれた大切な時間として、今でも思い出に残っています。

コラム執筆者

飯田みゆき(”自分の感覚を取り戻す” 森と魂のセラピスト)
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