映画『ル・コルビュジエとアイリーン』は海辺のヴィラをめぐる愛憎の実話


© 2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.

『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』

10月14日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
2015年 ベルギー=アイルランド 108分
配給:トランスフォーマー 原題:THE PRICE OF DESIRE
監督・脚本:メアリー・マクガキアン 撮影:ステファン・フォン・ビョルン
音楽:ブライアン・バーン 美術:エマ・プッチ
出演:オーラ・ブラディ ヴァンサン・ペレーズ フランチェスコ・シャンナ ドミニク・ピノン アラニス・モリセット アドリアーナ・L・ランドール

スイス生まれのル・コルビュジエ(1887~1965)はフランク・ロイドと共に近代建築の巨匠と位置付けられている。上野の国立西洋美術館は彼の手による7か国17件と共に世界遺産に登録されている。彼は鉄筋コンクリートを利用した合理性を追求したモダニズム建築の提唱者であり、スラブ、柱、階段が建築の主要素であるとした。低層過密な都市よりも超高層建築で周囲に緑地帯を設ける方が合理的との提案は、以後の都市計画に大きな影響を与えたことは現在の世界各国の都市を見れば一目瞭然だ。

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本作は、ル・コルビュジエが活動拠点としたフランスのカップ・マルタン海辺のヴィラ建築をめぐる知られざるエピソードを通して、ル・コルビュジエの隠れた人物像を炙り出した興味深い作品である。
ル・コルビュジエは、家具デザイナーのアイリーン・グレイと出会う。アイリーンは建築家で建築評論家である愛人のジャン・バドヴィッチから設計について教わり、南フランスのカップ・マルタン海辺のヴィラE.1027を手掛ける。1926年に建設を始めたヴィラは1929年に完成する。建物の所有を嫌ったアイリーンは、所有権をジャンに与えてしまう。雑誌編集者でもあるジャンは、雑誌にE.1027を掲載するが、アイリーンの名前は出さなかった。そして1938年にE.1027に逗留することになったル・コルビュジエは、その建物を見て驚く。自分が提唱する「近代建築の5原則(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面)を初めて具現化したものであったからだ。称賛の気持ちはやがて激しい嫉妬に変わる。そしてE.1027の壁に無断で壁画を描き、自分の痕跡を残すのだ。アイリーンは壁画を見て心を痛める。完璧な設計の建物に、勝手に手を加えられたのだ。そしてジャンが亡くなり、所有権のなくなったE.1027は競売に掛けられる。ル・コルビュジエは自分が所有したいと考え、友人に購入させ、E.1027を保護し続けるのだ。

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監督・脚本のメアリー・マクガキアンは、ル・コルビュジエを擁護しない。ル・コルビュジエがジャン・バドヴィッチを批判する言葉をカメラに(観客に)向かって言う場面が幾つか挿入されるが、それはル・コルビュジエの主観でしかない。
ジャンもル・コルビュジエも、自立する女性アイリーンの業績を、嫉妬により横取りする浅ましい人物として描いているのは、女性監督ならではの視点だろう。アイリーンは2人の男と同等なのだ。本作の根底にあるのはフェミニズムである。
原題の「欲望の価値」とは3人の上昇志向を指しているのではなかろうか。ル・コルビュジエとアイリーン・グレイ、ジャン・バドヴィッチの人間像に対する批評的再現ドラマでもある。

ところで、ル・コルビュジエを扱った映画は本作を含めて3本ある。
スイス映画『ル・コルビュジエ~チャンディガルの町』(66)は、ル・コルビュジエ没後の翌年、スイスの映画作家アラン・タネールによるドキュメンタリー。1950年にインドのパンジャブ州チャンディガルに新州都を建設する設計する依頼がル・コルビュジエにある。パキスタンからの難民の受け皿として、また近代化導入が独立を担保するとのネール首相の考えによるものである。一つの建築物でなく町全体の設計はル・コルビュジエにとって願ってもない依頼であった。
映画はチャンディガルの人々の過去と現在、町づくりの理念、新都市を受け入れ、順応する人々を描いた55分の作品。ナレーションを書いたのは左翼思想家で作家のジョン・バージャー(1926~2017年1月2日没)。バージャーとタネールは3本の劇映画でも組んでいる。タネール研究として、またル・コルビュジエの理念を理解するうえでも貴重な作品。(85年の「アラン・タネール映画祭」で上映)

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2本目はアルゼンチン映画『ル・コルビュジエの家』(08 日本公開は12年)で、ル・コルビュジエが設計した家に住む男が隣人に悩まされるというコメディ。主人公が椅子デザイナーという設定はアイリーン・グレイを思わせるし、隣人が壁に穴を開け、陽の光を求めるのは、ル・コルビュジエが陽光煌めくヴィラに壁画を描いたことなのだと、『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』を観て、ようやく気付いたのだ。

オフィシャル・サイト http://www.transformer.co.jp/m/lecorbusier.eileen/

:伊藤 孝

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