これはあなたの人生の物語。『メッセージ』は言語と未来と生命論


『メッセージ』

5月19日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズほかロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
原題:ARRIVAL 2016年 アメリカ映画
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 原作:テッド・チャン「あなたの人生の物語」
出演:エイミー・アダムス ジェレミー・レナー フォレスト・ウィテカー

異星人とのコミュニケーション描いたこの作品は、分かりにくい映画ではない。しかし本作を紹介するには、相対性理論、絶対時間、言語学といったキーワードが重要であるが、ここでは詳しく述べる余裕がないので、簡略な分析に留めることにする。
原作はテッド・チャンの短編、「あなたの人生の物語」。

世界中のメディアが絶賛している本作だが、観る人によって多様な解釈がなされている。筆者はタルコフスキーの『惑星ソラリス』、キューブリックの『2001年宇宙の旅』と共通するキーワードが本作にはあるように思う。
映画は、ルイーズ(エイミー・アダムス)と娘ハンナが、花や小川に彩られた屋外で戯れる美しいシーンで始まる。やがてハンナはがんで亡くなる。ルイーズは赤ん坊のハンナ、反抗期のハンナなど娘の思い出に浸る。ある晩、言語学者のルイーズは、国家から異星人とのコンタクトの協力を依頼される。

草原にそそり立つシェル状の宇宙船。よく見るとシェルは地上から少し浮いている。スタッフのウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)の説明では、「このシェルが中国、ロシア、日本(北海道)など世界8カ所に出現しており、中国ではシェルが驚異的存在であるとして、核攻撃の準備をしている」とのこと。「早急に彼らの発する音や波動から明確な言語があるのか解明してほしい」と急かされる。一定時間ごとに開くシェルのゲートに、ルイーズと物理学者のイアン(ジェレミー・レナー)は入っていく。
そこには二体の異星人が待っていた。様々な方法でコンタクトを試みる二人。異星人は7本足(ヘプタポッド)で、足の先端から墨を吐いて輪を描く。これは表意文字らしい。輪の形状が文章を形成していることを解析したルイーズは、異星人との会話を試みる。異星人は伝える。「3000年後に我々は地球人に救われる。だから今、我々は地球を救うために来た」。そして「武器を与える」。この「ウェポン(武器)」という言葉に世界は騒然。だが、異星人はウェポンが世界平和をもたらすと伝えている。「ルイーズ、武器を使うのだ」。この武器とは何か。なぜルイーズが選ばれたのか。
そしてルイーズは理解する。武器とは「言語」なのだ。核攻撃しようとしている中国の行動を阻止するには言語を使うしかない。ルイーズとイアンは行動を起こす。

このようなストーリーの展開に、娘ハンナの思い出が挟まれる。では、ハンナのパパは誰なのか。ルイーズは独身で、出産もしていないし、子どももいないのだ。では、娘ハンナの記憶は。
そして、異星人のメッセージで明らかになる。彼らの3000年後は現在と同じ座標軸にあり、過去は過去ではない、未来は未来でもない。
ハンナは未来の存在だった。ハンナのパパはイアンなのだ。イアンを夫に選ばなければハンナの死は避けられるかもしれない。しかしルイーズはイアンを伴侶に選ぶ。彼を避けることはハンナの誕生を否定することになるからだ。

未来も過去も円のようにつながっている、絶対時間のない世界。言語も円形、そしてハンナという名前も円形(Hannah)。監督のヴィルヌーヴは細部に伏線と暗喩をちりばめ、繰り返し観る楽しみを残している。
スタンリー・キューブリック作品『2001年宇宙の旅』では、ボーマン船長が光の中(ブラックホールのことか)に入ってゆくと、真白な部屋に到達(ARRIVAL)する。そこには、年老いた自分が食事をしていた。フォークを落とす。拾い上げるとき隣の部屋を見る。そこには臨終間際の自分がベッドに横たわっている。ベッドの枕元には黒い石柱がそそり立っている。それは『メッセージ』と同じく、未来がそこに存在していたのだ。ルイーズが未来の自分を見てしまったように、ボーマンも未来の自分を見たのである。

ルイーズとイアンはどのような表現で核攻撃を阻止するのか、それが地球を救うことになり、3000年後の異星人を救うことになる。
宇宙はひとつの生命である。だから宇宙は自分自身なのだ。それこそが本作の『メッセージ』ではなかろうか。

オフィシャル・サイト
http://www.message-movie.jp/

:伊藤 孝

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