ヒマラヤ大聖者 ヨグマタ相川圭子さんに聞く Vol.2

ブランシュシュの大きなテーマは、女性の「転機」。
結婚や出産、キャリアチェンジなど、今を生きる女性たちには、さまざまな転機が訪れます。自然に自由にわがままに自分の人生を選び、生きるための知恵やヒント、そして気づきが得られるように、さまざまなジャンルで活躍し、輝いている女性にお話をお聴きします。

このコーナーでは、史上初、女性のヒマラヤ大聖者であり、現在一般社会で会うことのできる世界でたった二人のヒマラヤ大聖者のひとり、ヨグマタ※相川圭子さんにお話を伺います。

前回のVol.1では、ヨガ講師からヒマラヤ大聖者と呼ばれるようになるまで。そして今回のVol.2では「本当の自分」とは何か? 自分の本質とは? 宇宙の中心とは? をお聞きしました。

ヨグマタ相川圭子さんの生き方と言葉を通して、現代を生きる女性へ深い愛と叡智を贈ります。
シリーズ2回目です。

※ヨグマタとは、「宇宙の母」の意味。(ヨグマタ相川圭子公式HPより)

何かを体験したら、それは学びだなあ、などと思うとよいのです。
すると、それは次に良い思考につながっていき、その思考は何かの良い行為になって、良い結果を生み出していくでしょう。
つまり連綿と良い行為が続いていくのですから、その思いを、感謝や愛、調和や無心にすると、その瞬間には、良いものが生まれていくことになるのです。(「ヒマラヤ大聖者 愛の般若心経 ―生き方が変わる「空」と「悟り」の秘密」(さくら舎)ヨグマタ相川圭子著より)

生きるとは、その瞬間がベストなんです

ブランシュシュ:競争社会ではなく、真理の道を歩まれることになったのですね。

ヨグマタさん:そうですね。自然と我が道を行くという感じになりましたね。
また、私は思ったらすぐ行動という性格で、例えば何かうまくいかないことがあっても、くよくよすることはないんですよ。
失敗と言っても、あまり思い浮かびませんが…。どういうことが失敗と言えるんでしょうね?

たとえば結婚して離婚したとか? 失恋したとか?
そういえば、昨年10月に国連でスピーチをしたのですが、その時の英語はあまり上手じゃなかったですね。その時は英語を練習しないといけないなと思いました。
そもそもこれまで何かを目的とした猛勉強ということをしたことがないんですよ。
でも、否も応もなく英語を喋らなければならない状況に置かれるとね、意外に喋れるもんなんですね。
英語をものすごく勉強しても喋れない人もいるらしいと聞きました。
そういう人は頭の中で英単語の組み合わせや文法を気にし過ぎたり、ボキャブラリーをあれこれと考えては混乱して、かえって喋れなくなってしまうんでしょうね。
私は文法が多少間違っていても、喋ってしまうんですね(笑)。
伝えたい気持ちはあるし、その想いは強いので、私の英語を聞いた人はその気持ちは汲んでくれるみたいなんです。

大概の方は何かをやる時、例えば大勢の前で発表するなんていうと、念入りに準備をしますでしょ。私はやりながら学んでいくタイプなので、あまり時間はかからない反面、完璧ではありません。その完璧にできていなことが「失敗した」とも言えるかもしれませんね。
でも、そういった状況の中に何かしらの学びがあるんですよ。

つまり生真面目な完全主義者よりも、力の抜き方が上手な人が楽に生きていることがあります。それは理不尽な感じもしますが、一生懸命にやりすぎるとたいへんなことになってしまうことがあるのです。(「ヒマラヤ大聖者 愛の般若心経 ―生き方が変わる「空」と「悟り」の秘密」(さくら舎)ヨグマタ相川圭子著より)

ブランシュシュ:完璧を求めたり、先にゴールを決めてしまうと、辛いこともありますか?

ヨグマタさん:そうですね。ここまで到達しないといけないとか、これが理想の形というように先にゴールを決めてしまうと、そこに到達しないと「失敗」したことになるかもしれませんね。でも、やりながら学んでいくということは、その瞬間のその時の実力がベストです。その時点では不完全な状態なわけですから、何かと比較してもしょうがないわけです。

私の場合には、常にやりながら学んでいますから、その瞬間瞬間がベストなんですよ。その結果、何かを得られなかったとしても、それもよし。
「〜でなければならない」ということがないので、くよくよと後悔することもありません。

それに、私は自分自身をコントロールすることができます。
睡眠や食事、意識をもコントロールすることができるんですよ。そして、そうすることが苦になりません。
普通の方だとそれはちょっと難しいかもしれません。というのも体内時計と呼ばれる体内システムがありますからね。ストレスや睡眠不足などでそのシステムが狂ってしまうと、自律神経が乱れて健康面に影響がでます。

例えばパニック症候群ということを聞いたことがありますか?
ひとつのストレスを経験すると、そのストレスが大きければ大きいほど恐怖となってその人の中に残り、トラウマと呼ばれるようになります。そして、そのストレスを感じた時と似た状況に遭遇すると自動的にトラウマが発動されるようになります。
私の場合、自分自身をコントロールすることができるので、心(マインド)や肉体(生理機能)に振り回されることなく「今、ここ」にいることができます。

人は、心にコントロールされているのですが、自分をコントロールし、自分が自分のマスターになっていくということが、人生の意味ではないでしょうか。
つまり生きることをとおして、「本当の自分」を知っていき、真理を知っていき、悟っていく、それが人生の意味であると思うのです。(「ヒマラヤ大聖者 愛の般若心経 ―生き方が変わる「空」と「悟り」の秘密」(さくら舎)ヨグマタ相川圭子著より)

「今、ここ」にいるということ

ブランシュシュ:「今、ここ」ですか?

ヨグマタさん:例えば、朝の通勤時間帯の電車を思い浮かべてみてください。電車はあらかじめタイムスケジュールが決められています。時刻表で動いていますから、1本電車が止まると、その路線の調和が乱れてしまいます。その路線は全ての電車が動き続けてこそ調和が保たれます。それもひとつの調和の形です。
でも、本当の意味での「今、ここ」というのは、全部が停止した状態なんです。

これを人間に当てはめてみると、人間は生きている以上すべての機能が停止することはありません。だから人間の「今、ここ」というのは動きながらでも、平和で調和がとれている状態。周囲で何が起ころうと、影響を受けることなく流れのある状況のことをいいます。

生きていると、何かの機能は動き続けています。思考も動いています。
トラウマというのは、ある特定の部分に思考がフォーカスされると、今まで眠っていた状態のものが目覚めて動き始めるんです。そしてトラウマのもとになった状況と似た状況になるとその記憶が蘇ってパニックになるんです。

その人がトラウマを思い出さない限り、心穏やかに平和に過ごせるでしょう。でも、また同じような状況になったら、辛かったことを思い出して、今、ここにいられなくなります。または、トラウマを回避できるように生きる上での環境を変えるという考えもあります。ただ、それでは本当の意味の「今、ここ」ではなくなるんです。
自分の家や知っている人ばかりの環境ではなく、知らない人の中にいてもドキドキしたり、あの人にどう思われているだろうかと、人の目を気にしたりすると平和ではいられないですね。
それから、仕事をしている時は、「今、ここ」にいようと思ってもできません。
仕事は結果を求められますからね。締め切りがいつまでとか、良い作品にしなければならないとかいろいろな考えや想いが出てきて、なかなか「今、ここ」にいるというのは難しいです。

でも、だからこそそういう時だからこそ、何かに影響を受けて流されないように、より一層自分自身の中心につながる必要があるんですよ。
それには、心(マインド)を手放し「なるようになる!」という気持ちになるのが肝心です。
それには、周囲の人の目を気にせず仕事の心配をせずに最善を尽くして、運を天に任せるというような自然な心持ちでいることも大切だと思います。

心(マインド)を手放す

ブランシュシュ:心(マインド)を手放すことはできるのでしょうか?

ヨグマタさん:ええ。ただ、それには瞑想を積極的に取り入れることです。そうすると心の中でいろんなものが整理整頓されていきます。
何かを心配し過ぎる心、失敗した思い出、そういう体験が積み重なると、自分自身への信頼がなくなります。常に過去の失敗体験を思い出したり、焦りが生じたり、うまくいかなかったことでショックを受けたりすることがあります。
瞑想を続けていると、段々と過去に経験したネガティブな感情が消え、「まっ、いいか!」という気持ちになってきます。そして自分を信じられるようになり、「今、ここ」を感じられるようになっていきます。

サマディの修行したエネルギーは、深いところから癒しを起こすのです。
それは最速で起きることです。そうしてはじめて、瞑想を安全にスタートすることができます。これはヒマラヤ伝授の瞑想のスタートなのです。そしてそのとき瞑想が起き、深くガイドされ、思いがなくなり、静寂を体験するのです。
それは「今にいる」ということです。ふつうは何十年もかからないと、その境地は体験できません。そうしたガイドがいることが、この道に大切であり、ガイドなしにはこの道は進めないのです。
(「ヒマラヤ大聖者 愛の般若心経 ―生き方が変わる「空」と「悟り」の秘密」(さくら舎)ヨグマタ相川圭子著より)

「本当の自分」というもの

ブランシュシュ:瞑想を続けていると、「今、ここ」を感じられるようになる?

ヨグマタさん:そうです。
心は自分なのか? 身体(肉体)は自分なのか? そう考えてみると、身体(肉体)の中心は、よく臍下丹田といわれることが多いでしょうか。では心(マインド)の中心は?
心(マインド)は常に変化しています。思考もです。
心(マインド)は何かと問われたなら、心(マインド)は存在そのものではなく働きのことなんです。そして、その心(マインド)をサポートしてくれる存在があります。それはエネルギーとして存在するものです。それこそが本質であり、自分自身の中心なんです。
それが本当の自分というものなんです。

宇宙を創造した力、そうした見えないパワーを信仰すること、信じるということを、現代人は否定しています。そうではなく自我を信じ、心を強くして、がんばろうとしているのです。「自分がこうやった」「自分の力で行った」「これは自分のもの」、そうした心の力、エゴの力を信じます。しかし、その心のがんばりは、やがてその人を消耗させてしまうのです。やがて人のいうことを聞けなくなってしまいます。そして心は消耗し、やがてエネルギーが枯渇してなくなってしまうのです。(「ヒマラヤ大聖者 愛の般若心経 ―生き方が変わる「空」と「悟り」の秘密」(さくら舎)ヨグマタ相川圭子著より)

ブランシュシュ:本当の自分? 魂のことでしょうか?

ヨグマタさん:そうです。自分がどこから生まれてきたのか? どこから送られてきたのか?
もちろん、ご両親がいて生まれてきたのは間違いありません。
でも、そういうことではなく、瞑想を続けるということは、自分がどこから来たのか、その源を辿っていくんです。そして、それがサマディという悟りへ道です。
この自分は、実は宇宙と同じものでできている小宇宙なんです。
究極のサマディは、段階を追って自分の心の中に入り、そして宇宙の源に戻っていきます。

そのプロセスでいろいろなことが理解でき、究極の真理へと到達できます。
人間の肉体(身体)と心(マインド)は常に変化しています。そして肉体(身体)はいつか死に、心(マインド)も消えます。
残るものは何か?
肉体(身体)と心(マインド)が消え、残ったものが本質へと還っていきます。そこは宇宙の中心、永遠の存在、変わることのない存在です。そこに戻っていくということが、自分自身の中心にいるとうことであり、本当の意味での「今、ここ」にいることなのです。

それは静寂の中にあります。そこからすべてが生まれ、そして変化していきます。

永遠の存在、真理を信じます。そのことで力をいただきます究極の真理に出会う。それを知ることが、人間が生きる深い目的です。まず源を信頼します。そこから大きなパワーをいただき、そしていつも守られていくのです。真理を知ることで、「本当の自分」への道を、安全にぶれないで進むことができます。(「ヒマラヤ大聖者 愛の般若心経 ―生き方が変わる「空」と「悟り」の秘密」(さくら舎)ヨグマタ相川圭子著より)

最新刊:『ヒマラヤ大聖者のマインドフルネス』ヨグマタ相川圭子(幻冬舎)価格:1,100円(税別)



この記事を書いた人
ブランシュシュスタッフ

ヨグマタ相川圭子

女性として史上初のシッダーマスター(サマディヨギ/ヒマラヤ大聖者の意 ) ※1であり、現在、一般社会で会うことのできる世界でたった二人のシッダーマスターのひとり。仏教やキリスト教の源流である5000年の伝統を持つヒマラヤ秘教の正統な継承者。

1984年、伝説の大聖者ハリババジに邂逅。標高5000メートルを超えるヒマラヤの秘境にて死を超える修行を重ね、神我一如に長い間とどまる「最終段階のサマディ(究極の悟り) ※2」に到達し、究極の真理を悟る。

1991~2007年の間に計18回、インド各地で世界平和と真理の証明のための公開サマディを行い、その偉業はインド中の尊敬を集める。2007年にはインド最大の霊性修行の協会「ジュナ・アカラ※3」より、最高指導者の称号「マハ・マンドレシュワリ(大僧正)※4」を授かる。

人々を真の幸福に導く「ディクシャ※5」で、サマディの高次元のエネルギーと、瞑想秘法を伝授。

サマディに到達後、師であるハリババジより「あなたは、チッタム(純粋な魂)な人です。日本に行ってサマディを伝えなさい。人々に真理を伝えなさい。人々を苦しみから救うのです。平和を伝えなさい」と告げられた。その指示を実行するために、日本に戻りサマディからの愛と知恵とパワーをシェアしている。真の幸せと悟りのための各種研修と瞑想合宿を開催し、人々の意識の進化と能力開発をガイドする。

※1 シッダーマスター:
究極のサマディに到達したヒマラヤ聖者のこと。ヒマラヤ大聖者、サマディマスター、サマディヨギ、シッダーグル、ヒマラヤンマスターなどとも呼ばれる。

※2 最終段階のサマディ:
光明、悟り、エンライトメントともいわれる。真のサマディ(究極のサマディ)とは心と体を超越し、すべてを超えて、創造の源の存在・至高なる存在・神と一体(神我一如)になる人の意識の究極のステージ。ヒマラヤ5000年の教え(ヒマラヤ秘教)では、サマディに至るための具体的な実践法(メソッド)が伝えられている。真のサマディ(究極のサマディ)は、仏教の「解脱」「涅槃」に相当する。

※3 ジュナ・アカラ(→wikipedia)
インド最大の霊性修行の協会。

※4 マハ・マンドレシュワリ(→wikipedia)
最高指導者、大僧正の称号。

※5 ディクシャ:
「伝授」という意味で、エネルギーの伝授、秘法の伝授など、さまざまなディクシャがある。

(ヨグマタ相川圭子公式HPより

Web:ヨグマタ相川圭子公式HP

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