「キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」 「親を嫌い」って言っちゃダメですか? マンガ家 田房永子さんに聞く Vol.2

ブランシュシュの大きなテーマは、女性の「転機」。
結婚や出産、キャリアチェンジなど、今を生きる女性たちには、さまざまな転機が訪れます。

自然に自由にわがままに自分の人生を選び、生きるための知恵やヒント、そして気づきが得られるように、さまざまなジャンルで活躍し、輝いている女性にお話をお聴きします。

「キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」の著者、マンガ家の田房永子さんにお話を聴く2回目。

ゲシュタルトセラピー(以降、ゲシュタルト)※と出会い、ご自分がどのように変化していったのかをご紹介します。

※ゲシュタルトセラピー:ゲシュタルト心理学、精神分析、実存主義・現象学などをベースに、1950年代のアメリカでパールズ夫妻、P.グッドマンらによって開発された心理療法です(ゲシュタルト・インスティテュートのwebサイトより)

ブラジャーを買ってくれない?

田房さん:うちに限らず、ブラジャーを買ってくれない母親は多いんです。生理用のナプキンを買ってくれないなんて話もよく聞きますよ。

ブランシュシュ:それはどうしてでしょうか? 娘が成長することに否定的だからですか?

田房さん:私もぜんぜん分からなくて、娘が1才の時に、想像してみたことがあるんです。娘が大きくなってブラジャーが必要になったら、自分はどんな気持ちになるだろうって。そこには、スポーツブラは抵抗なく買ってあげるけど、レースが付いた女性的で大人っぽいブラジャーを買ってくれと言われることには困惑している自分がいました。もちろん、必需品ですから買ってあげないといけないんですけども、なんとなく抵抗がある。

ブランシュシュ:なるほど。ブラジャーに関しては理解できるような気がします。ですが、生理用ナプキンはいかがでしょうか?

田房さん:私のように母との関係がしんどいという女性から「ナプキンを買ってもらえなかった」という話はよく聞きます。経済的に困っていてお金がなくて娘にナプキンを買い与えないというわけではないんですよね。
他にも、自分の生理の日をお母さんがカレンダーにつけて把握しているとか。生理の話は、お母さんが関わらなすぎるか関わりすぎる、どっちかのパターンがよくあります。
親子であっても母親と娘はそれぞれ別の人格ということを母親のほうが理解できていないのかも。境界線がないというか。

お母さんは怪物?

ブランシュシュ:生理用ナプキンを買ってくれないのは一般的に普通の状況ではないように思いますが、娘さんのほうは何も言えないのでしょうか?

田房さん:そういった親子関係の中では難しいと思います。信頼関係が築けてないから。
私の場合、普通の家庭の光景であるはずの場面で、母が急に怒ったり予測不能なことをする、というのが日常でした。母は私にとって「娘を自分の思い通りにするためにはどんな手段でもとる人」でした。
それらは大人になって、トラウマやPTSD※のような症状となって表れました。母には住所を伝えないという関係になっても「家の前で母が笑顔で立ってるんじゃないか」と恐怖を感じたり、自分の生活にいろいろ不具合が生じていました。
その修正をするのにセラピーに行ったり、自助グループに行ったりするようになりました。

※PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)は、強烈なショック体験、強い精神的ストレスが、こころのダメージとなって、時間がたってからも、その経験に対して強い恐怖を感じるものです。(厚生労働省HPより)

自分の歪みを矯正するための作業を続けることで、だんだんと恐怖に身構える自分を手放すことができるようになりました。
それまでは、仕事相手からの電話がとれなかったとかちょっとした失敗をするだけで冷や汗をかくほど狼狽してしまって仕事が手につかなくなりました。「このまま仕事がなくなったら」とどんどん悪い想像が頭に広がっていって、それが底につくと「どうにもならなくなったら死ねばいいんだ」という発想にたどり着きます。そうするとフッとラクになって、仕事に戻ることができました。
しかし、歪みを矯正してから、この「どうにもならなくなったら死ねばいい」と思って気を楽にする考え方はおかしい、と気づきました。今も、自分がやったことがどうにも恥ずかしくて耐えられない! みたいな時はあります。そういう時は「まあ、80歳くらいになればこの失敗も笑い話になるだろう」と思うようになりました。
以前は、生きるということは常に苦しいことだと思っていたのですが、それがなくなったのは驚きです。地球はこんな風に気持ちを軽くして生きていけるところなんですね(笑)。
母親から離れても、身についた癖はすぐに抜けるわけではありませんでした。たとえば、母親と同じような人に出会うと、自然とその人に吸い寄せられる感覚になりました。おかしな話ですが、心地よさもあるんです。母のような人はどんな反応をすれば喜ぶか熟知しているから、ある意味ラクで落ち着いてしまうんですね。
そのように成長過程で身につけてしまった癖を手放すことってむずかしい。
そしてその癖があるかぎり同じパターンを繰り返し続けるので、ずーっと苦しいままなんです。
だから、その癖を手放すためにセラピーを受けることにしたんです。

ゲシュタルトセラピーとの出会い

ブランシュシュ:セラピーについては、漫画の中でもいくつか描かれていましたが、どのようなセラピーを受けられたのですか?

田房さん:はじめはヒプノセラピー※1を受けました。友達がヒプノセラピーで前世を見てきたという話しているのを聞いて、オカルトとしての興味が湧いたのですが、心理療法だということを知って、やってみよう!と思いました。「セラピー」というものに対してそれまでの偏見や抵抗が取れた経験でしたね。それ以外にも箱庭療法※2をやったり、カウンセリングもいきました。そういった中のひとつがゲシュタルト療法だったんです。
はじめてゲシュタルトのワークショップ※3に参加した時はホントに驚きました。
参加された方それぞれの人生のストーリーに感動しましたし、何より空間が自由なんですよね。誰かがワーク※4をやっていても、トイレに行ってもいいし、寝ていてもいいし、ある程度のマナーが守られていれば、自由に過ごすことができる。
それまで、私は何回か精神科に行きました。でも「キレる」ことや「片付けられない」ことが悩みで受診しても、診断の結果がADHD※5やうつ病じゃないとなると「大丈夫」ということで、それで終わりにされてしまって、もう来なくていいって言われちゃうんです。
片付けがうまくできないとか、夫にキレてしまうことで生活に支障がでているから相談しても、「そういうこともありますよ」とか「そのまま旦那さんに言ってみれば」とか言うお医者さんが多かったです。
でもゲシュタルトセラピーだったら、ちょっとした人間関係の悩みでも1時間かけてワークができるんですよね。他人からみたら大したことじゃないことでも、悩んでる自分の心に向き合うことができる。衝撃的でした。
ゲシュタルトセラピーをやって、すぐに何かが解決するとか、答えがはっきり分かることもある。そうじゃない時ももちろんあるんですけど、気づかないくらいのささいな感じで生活が明らかに変わることもある。あとでそれに気づいたりします。
他のセラピーや占いとかでは「あなたはこうしたほうがいいよ」と指示されることがあるけど、ゲシュタルトは、自分で自分に答えを聴いたり、寄り添ったりする感じがします。
そもそもの問題は「キレる」ということでしたが、ゲシュタルトセラピーの1回のワークでその衝動が激減したので、驚きでした。それでゲシュタルトセラピーをもっとやりたいと思って、ワークショップに通うようになりました。
でも、ゲシュタルトの場合には慣れてくれば自分でもワークをすることができますから、そういう意味でもゲシュタルトは私にとって馴染みやすいセラピーでした。

※1ヒプノセラピー(催眠療法)は心理カウンセリングの技法のひとつで、表面意識レベルにとどまらず、心の深いレベルでのカウンセリングを可能にするものです。
1958年には、米国医師会(American Medical Association)、米国心理学会(American Psychological Assciation)、英国医師会(British Medical Association)は、催眠を有効な方法として認めています。
催眠状態は、心理学では変性意識状態、あるいはトランス状態と呼ばれ、心の奥深くの潜在意識(無意識とつながる状態です。 その状態のときでもしっかりと意識があり、自分の言うことも分かり、覚えています。(日本ヒプノセラピー協会HPより)

※2箱庭療法は心理療法の一つであり、心理相談、法務臨床、精神科・小児科等の医療、さらに学校教育等、さまざまな領域における心理臨床活動に広く施行されている。(一般社団法人日本箱庭療法学会HPより)

※3ワークショップとは、ゲシュタルトセラピーは、多くの場合グループで行います。グループでワークをする場と機会を、グループワークショップあるいは単にワークショップと呼びます。(実践”受容的な”ゲシュタルト・セラピー 岡田法悦著より)

※4ワーク:「今・ここ」で起きていることを体験し、気づくためにすること。(実践”受容的な”ゲシュタルト・セラピー 岡田法悦著より)

※5注意欠陥・多動性障害(ちゅういけっかん・たどうせいしょうがい、英: attention deficit hyperactivity disorder、ADHD)は、多動性(過活動)、不注意(注意障害)、衝動性を症状の特徴とする神経発達症もしくは行動障害である(Wikipediaより)

田房永子(tabusa eiko 漫画家・ノンフィクションライター)

1978年東京都生まれ
2000年「マンガエフ」にて漫画家デビュー
2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞

Blog:「むだにびっくり」
著書:
「母がしんどい」
「キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」
「それでも親子でいなきゃいけないの?」

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