「キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」 「親を嫌い」って言っちゃダメですか? マンガ家 田房永子さんに聞く Vol.1

ブランシュシュの大きなテーマは、女性の「転機」。
結婚や出産、キャリアチェンジなど、今を生きる女性たちには、様々な転機が訪れます。
自然に自由にわがままに自分の人生を選び、生きるための知恵やヒント、そして気づきが得られるように、様々なジャンルで活躍し、輝いている女性にお話をお聴きします。

今回のゲストは、 「キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」の著者、マンガ家の田房永子さん。
今の苦しみが親との関係にあると気づき、手放すまでの経験を著書と交差しながらお話を伺いました。
シリーズ1回目では、マンガ家デビューのきっかけの1つとなったお母様との関係を中心に、「親だから・・・」そう自分に思い込ませ、日々苦しんでいる人は実は多いと聞きます。
田房さんの生き方や作品を通し、「嫌いって言っていいんだ!」と気づき、その生きづらさから少しでも解放されることを願います。

「母がしんどい」

ブランシュシュ:マンガを描きたいと思ったのはいつ頃からですか?

田房さん:小さい頃からマンガ家になりたかったです。小学生の頃からかな・・。

ブランシュシュ:デビュー当時からご家族やご自分のことをテーマに描かれていたのですか?

田房さん:デビューは二十歳の時で、当時はまだ家族や自分を描こうとは思っていませんでした。
2007年くらいかな?出版界でコミックエッセイというジャンルが活気づいてきたんです。
その頃お付き合いのあった出版社でもコミックエッセイ部門を作るとかで、「田房さんも何か描いてみませんか?」と誘われました。
ちょうど母親のことをリアルタイムで悩んでいましたから、それを描こうと思いました。
それが「母がしんどい(2012年初版)」です。
この作品は、描き始めてから出版まで4年くらいかかっています。描いては止まっての繰り返し。親のことを描くのはこの1冊で止めようと思いました。余り明るい話ではないですからね。

ブランシュシュ:ご家族をテーマにするのは勇気がいりますね?

田房さん:最近ではこういったコミックエッセイも多いですが、当時はありませんでした。
お母さんが病気になって、それをどう乗り越えたかという話はあったけど、身内に対しての「嫌悪感」をテーマにした作品は無かったんです。
だから、そんなものが売れる訳が無いと言って出版社の中でも反対する人もいたそうです。
でも、出版後の反響がもの凄くて、その後の作品にも繋がりました。
最近では親族をテーマにしたマンガも多くなってきましたね。

「毒親」って?

ブランシュシュ:マンガにお母さんとご自分のことを描かれ、何かお気持ちに変化はありましたか?

田房さん:私は小さい頃から母のことを、情が深くて感情が豊かな人だと思っていたんです。
ある意味それも間違ってはいないんですよ。
子どもは成長段階で親の庇護下にある時、生命を維持するために親の価値観に無意識に合わせて居心地の良い環境を得たり、生き延びるということをするんだと思います。
私も生き延びるために母の価値観に合わせるということをやっていました。でも、大人になるにつれて、自分というものがどんどん大きくなってきて、それまではお母さんは情が深い人なんだと思っていたけど、そう思うことが段々と苦しくなってきたんです。
そして「何かおかしい」「お母さんが情が深い人だと思うことが、どうしてこんなに苦しいんだろう?」と思うようになったんです。

ブランシュシュ:それは幾つくらいのことだったのでしょうか?

田房さん:29歳の頃です。それでネット検索してみたら、自分と同じような家庭環境の話がわんさか出てきました。その共通点が「毒親」です。
そこで初めて、状況によっては親を捨てても良いという概念を知りました。
それまでは、親が子どもにどれだけ嫌なことをしても我慢しなければならない。親を粗末に扱ってはいけないと思い込んでいました。
ネットで検索したり、本などでそういうことを知って、またそれだけではなくて、もっとアカデミックに親子関係を研修している人が、それを学問として正式に言っているのを知りました。

ブランシュシュ:「毒親」を知り、何か変化がありましたか?

田房さん:それからは両親をいろんな風に見れるようになりました。
母は私にとっては何をしでかすか分からない恐ろしい猛獣のような存在だった、でも母が社会的に極悪人というわけなく感情が豊かな人とも言える、でもだからと言って私が「苦しい、しんどい」と思ってはいけないということではない、というようにです。
それが分かっただけでも、すごく救われました。すごく気が楽になったんです。
人の体験を読むだけで、こんなに癒されたり、急に気分が変わったりすることにも驚きでした。
その頃から、自分のやりたいこと、言いたいこととできること、やってきたことが合致し始めました。ずっとマンガ家の活動はしていましたが、描きたいものがハッキリしてきました。
親子の問題について描くのは1冊で止めようと思っていたけど、依頼がたくさん来るようになったので、自分が今、取り組む分野はこれなんだと確信するようになりました。

母の夢を生きる娘たち

ブランシュシュ:マンガ家になることは、お母さんはどう思われたのでしょう?

田房さん:マンガ家になったのは、自分が小さい頃からマンガが好きというのもあったのですが、母から「手に職を持て」、「これからは女性が夫に養ってもらうという時代では無い」、「自分で稼げるようになりなさい」ということを口うるさく言われていたからなんです。

ブランシュシュ:娘の将来を心配してのことでしょうか?

田房さん:どうでしょう? 私の母は専業主婦なんですよ。

ブランシュシュ:えっ!そうでしたか!?

田房さん:母を見ていると鬱屈しているというか、自分自身を抑圧していると思うんです。
ただ、「時代」というのもあるかもしれません。
今の時代とは比較にならないほど、結婚したら専業主婦なるというのが当たり前の時代の人ですから、男中心の社会に対する自分自身の怨念を、その中でこれから「女」として生きていく娘に乗せて送り出す、みたいな感覚があったんじゃないかと思います。
それというのも、こういう内容を描くようになってから、私と似た家庭環境で育った多くの人たちが、「私も母から全く同じことを言われて育ちました」って仰るんですよね。
「手に職をつけろ」とか「夫に頼るな」とか。
そういう話を余りにも多く聞くので、これは私の母の性格だけではなく、時代や社会的背景も絶対ある。母親世代の女性の扱われ方が、その次の世代の娘達に影響を及ぼしているのではないかと思ったんです。

ブランシュシュ:時代的背景や社会的背景が女性の生き方を左右するのですね。

田房さん:母は私が小さい頃から、手に職をつけろ、結婚しろ、子どもを産め、仕事を続けろと、この4つをずっと言い続けていました。
だから私もずっとそのつもりで生きてきました。洗脳されていたとも言えますね。
よく他の方から「そんな親に育てられて、子ども産むのが恐くないですか?」「どうして子どもを産もうと思ったんですか?」って聞かれます。でも、私にとっては全く違和感が無く、絶対子どもは産むものだと思ってきましたから、そこに疑問は全くありませんでした。
小学5年生くらいの時に、「マンガ家というのは、家で子どもを見ながらできる仕事だから、お母さんの言っている4つの条件も満たしている、だから絶対マンガ家しかない!」と思ってました。実際には、いくら自宅でできる仕事であっても、子どもは保育園に預けないと仕事にならないということを知りましたけど。それにまさかこういう内容を描くマンガ家になるとは思ってませんでした(笑)。

ブランシュシュ:ある意味、お母さんが主役でしょうか?

田房さん:主役。そうですね。(笑)
「母がしんどい(2012年初版)」の表紙のイラストを見ていただくと分かりますが、母が一番大きいんですよね。(笑)
出版された当時は、「初の単行本なのに、結局お母さんがメインじゃないか」って思ったこともありました。今は余り思いませんけどね。

「母たるもの」のスイッチ

ブランシュシュ:今は、あまりお会いにはならないですか?

田房さん:年に1回会うくらいかな。
母について散々なこと言っているので変に聞こえるかもしれませんが、私は母を人として嫌いではないんです。とんでもないところがある人だと思っているけど、とんでもない人間だとは思ってない。すごくチャーミングだし一生懸命生きてる人だと思う。私のことも母なりに愛してくれているとは思う。だけど、どうしてもその方法や表現が歪んでしまっているところがある。
母は私に対して、虚勢スイッチみたいなものを持っていると思うんです。そのスイッチが入ると私は一気に苦しくなるんです。

ブランシュシュ:虚勢スイッチ?

田房さん:「娘の前では母親たるもの、こうであらねばならない」というスイッチです。
母が思っている「母たるもの」の言動って、母自身の思っている本心からくる実際の行動とは違うんです。お母さんが一人の人間として、女性として、思っていることややりたいことを自然にしてくれればいいのに、母は私が目の前にいると「いい母親」をやらなきゃいけないと思ってるみたいで、虚勢スイッチをすぐに押してしまうんです。
その「いい母親」っていうのは、母の中にある幻なんです。母はおばあちゃんからいっつも「ダメねえ、ほんとあんたはダメね」って言われ続けていて、それによって傷ついた自分の心を認めてない感じがします。だからずっと母の心の中にはおばあちゃんのダメ出しが響いていて、母の意識は常にそっちを向いているんです。目の前にいる娘の私のことは見ていない。私にとっての「いい母親」じゃなくて、おばあちゃんにダメ出しされない「いい母親」を、幻に向かって必死でやっている感じです。それを私に対して、「ね、お母さんいい母親でしょ」と確認してくる感じ。ハタから見たら、別におかしいところはなくて、「いいお母さんだね」って言われてきました。だけど、私は言いようのない居心地の悪さに包まれて、母と一緒の空間では楽に呼吸ができなくなるんです。

ブランシュシュ:それをお母さんに伝えたことは?

田房さん:母にこうして欲しいという希望はありますが、それを伝える気力が私にはもう残っていないですね。父を通して言ってみようと思ったこともありました。でも、そこに大きなエネルギーを使うのは時間が勿体無い。親自身もそれを望んでいるようにも思うんですよ。

ブランシュシュ:ご両親もそれを望んでいる? 娘に会わないということですか?

田房さん:みんな、親に子どもを預けて仕事をしたり、用事を済ませたりしますよね。親に生活費やお小遣いをもらってる人もいる。それは「普通のこと」である一方で、孫に会えるのは嬉しいけど、高齢なので体力的にも経済的にも大変だ、という親世代からの不満の声を耳にしたりもします。私の親は、そういうことを恐れているんじゃないかなと思います。

ブランシュシュ:そういうこととは、金銭的なトラブルでしょうか?

田房さん:私はとにかくずっと、子どもの頃から学生時代、社会人になってからもずっと、両親からの「お前にはお金を遣いたくない。自分達のお金は自分達だけで使いたい」というメッセージを浴びてきました。日常的に面と向かってハッキリ言われていた時期もあるし、その行動から「金銭感覚の教育とかじゃなくて、ただ単にお金をあげたくないと心の底から思っているんだな」と愕然とした経験もたくさんあります。孫は可愛いし会いたいけど、日常的に面倒みたり、お金をあげたりする立場になるのはちょっと・・・、という恐れを両親が持っているんじゃないかな、って思います。
私の勘違いかもしれないけど、余りにもそういうことが多すぎて、こちらから真意を確認する気力もないですね・・・。

ブランシュシュ:田房さんの作品は何冊か読ませていただいていますが、ご実家は、どちらかというと経済的には恵まれている印象です。

田房さん:そうなんです。私は一人っ子だし、お金が全くない家ではありません。だけど結婚する時も「結婚費用は1銭も出さないからね」と何度も念を押されて、本当に全くくれなくてビックリしました。誰にも言わなかったけど、とても悲しかったですね。

Vol.2「ブラジャーを買ってくれない!? 子どもでいなければならない娘たち」



この記事を書いた人
ブランシュシュスタッフ

田房永子(tabusa eiko 漫画家・ノンフィクションライター)

1978年東京都生まれ
2000年「マンガエフ」にて漫画家デビュー
2001年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞

Blog:「むだにびっくり」
著書:
「母がしんどい」
「キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」
「それでも親子でいなきゃいけないの?」

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