壁が生死の境界線。映画『ザ・ウォール』は砂漠の密室スリラー


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『ザ・ウォール』

9月1日(金)新宿バルト9ほか全国ロードショー
原題:THE WALL 配給:プレシディオ
2017年 アメリカ 90分
監督:ダグ・リーマン 脚本:ドウェイン・ウォーレル
出演:アーロン・テイラー=ジョンソン ジョン・シナ

ダグ・リーマン監督(『ボーン・アイデンティティ』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』)の超体感型バトルフィールド・スリラー。砂漠地帯の瓦礫の山に潜んで姿を見せないイラク人スナイパー(実在した伝説的狙撃手ジューバがモデル。ジューバは37人のアメリカ兵を殺害する動画をインターネットに投稿するなど過激な行動が注目された人物)と、崩れた壁にへばりついたままの2人のアメリカ軍兵士。登場人物は2人だけ。そして敵であるスナイパーの無線を介しての声。

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無駄をそぎ落としたシンプルなシチュエーション。緊迫の90分。

2007年、米軍の狙撃手であるアイザック(アーロン・テイラー=ジョンソン)とマシューズ(ジョン・シナ)は、イラクの砂漠地帯にある石油パイプラインの建設現場に派遣された。建設現場には6人のパイプライン建設技師の死体があった。
瓦礫の壁に身を潜めて様子をうかがう2人。5時間経っても敵の動きがないので、死体から通信機を回収しようと壁から出たマシューズは、スナイパーに撃たれてしまう。動けなくなったマシューズを救出しようとしたアイザックも足を撃たれ、急いで壁の陰に戻る。回収した通信機はアンテナを撃たれ、破壊されていた。水筒も撃たれ、穴が開いてしまう。
身動きが取れなくなったアイザックの通信機にようやく応える声があった。「救援に向かうから名前とIDを言え」。「見えないから手を振れ」。しつこく隠れている場所を尋ねる。しかも言葉に訛りがある。アイザックは声の正体を確かめようとする。そしてスナイパーのなりすましであると見破る。

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スナイパーとアイザックの無線はお互いを牽制しあうが、会話を通して少しずつスナイパーの履歴も明らかになる。スナイパーは小学校の教師で、アイザックが身を隠している壁はかつて小学校だった。「アメリカ人はイラクに何しに来たのだ」。返答に窮するアイザック。スナイパーの居場所を双眼鏡で探し、チャンスをうかがう。アイザックは助かるのか…。

一幕ものの演劇のようなスリラー。会話の一言ひとことが重層的だ。しかし死神ジューバとの会話は虚しく、相互理解に至らない。小学校の教師だったスナイパーの怒りであり、米国の象徴であるアイザックに対する罰なのだ。
スナイパーは声だけで姿を見せないのも、イラクという記号である。派手な爆破シーンもないし、弾丸が限られているため激しい銃撃戦もない。かつて学校だった場所の、崩れた石を積み上げただけの壁、そこが生死を分ける境界線でもある。
壁を超えることは死を意味する。
砂漠という広がりのある場所なのに、壁の米国と瓦礫のイラクのにらみ合いなので密室劇のような閉塞感と、多重的な意味を秘めた会話を読み取る知的な面白さがある。
キューブリック『フルメタル・ジャケット』のスナイパーのエピソードを思わせる濃密なスリラーの佳作である。

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ところで本作はアマゾンスタジオの製作。08年に映画製作事業に進出したアマゾンは、2010年にアマゾンスタジオを設立。最初の公開は15年で1本のみだったが、16年は15本に急増、『カフェ・ソサエティ』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』など作品の質は高い。17年は『セールスマン』に続いて本作は2本目となる。アマゾンスタジオの製作する作品の特色はオリジナル脚本。リメイクやコミックの映画化ばかりでオリジナリティーに欠けるハリウッド映画の活性剤としてアマゾンスタジオに期待したい。

映画『ザ・ウォール』公式サイト。ダグ・リーマン監督最新作「ザ・ウォール」9.1(金)全国ロードショー!

:伊藤 孝

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